インテリア空間を一層引き立てるアートの役割
ギャラリークローゼットでは国内外のアーティストによる抽象絵画を中心に取り扱い、インテリアデザイナーやデコレーターと協働して、これまで多くのハイエンド向けの住宅に作品を納めていらっしゃいます。アートコンサルタントとして、インテリア空間を一層引き立てるアートの役割について発信を続ける有限会社ギャラリークローゼットの代表取締役 新井佐絵様にお話を伺いました。(構成/小林暢世)
抽象絵画の楽しみ方
━━ 抽象絵画って、いわゆる風景や人物画と違って、描かれる対象があいまいといいますか、どう見たらいいのかがわからないという方が多いジャンルだったりしますよね。
有限会社ギャラリークローゼット 代表取締役 新井 佐絵様:
抽象表現というのは、アメリカで生まれた現代アートの表現形式ですけれど、それを鑑賞する審美眼というのは、日本の方々もなかなか厳しい目をお持ちかなと思います。例えば書の画面に現われる墨の滲みやハネ、一気呵成に描く勢いのあるストローク、または、陶芸における釉薬の偶発的な発色や、塗りのムラ、刷毛目の跡などを美しいと感じて、身近に置いて愛する習慣は、日本ではもっと以前からあるわけで。現代アートではもちろんコンセプトが大切で、鑑賞者もそれを理解してこそ価値を見いだせる部分があります。そのために、絵画に対峙して「この線は?」「この色は?」と 細部の表現の意味を論理的に理解したい方もいらっしゃるのかと思います。ただ昨今ではあまり難しいとおっしゃる方は少ないですね。画面を見てすっとその表現を受け入れていかれるように思います。
━━ 難しく考えないで、目の前の作品に何かを感じることが大切なのですね。
新井様: そうですね。皆さんとても正直に、この作品のこの滲みの部分がきれい、とか、この画材の凹凸があるところが好き、とか自由に感想をおっしゃいます。美術館ではじっと黙っていても、画廊だともっと自由に鑑賞なさるのだと思います。逆にこれはちょっと怖い、とか強すぎる、とか好きでない場合も同様です。そうした感想をお聞きするのは楽しいですよ。お好みが分かると、別のこの作家はどうだろう、とおすすめしやすいです。直感で好きだと感じてくださったものは、おそらくいろいろ逡巡した後もその作品に戻ってきて購入されることが多いですし、何年後かにお話ししても、大事に飾ってくださっていますね。
重厚なインテリア空間に何かが足りない、という気づきから始まったアートサービス
━━ アートをインテリア空間に提案するというギャラリークローゼット様のサービス内容は、日本のインテリア市場の中ではとてもユニークな存在ですね。どういった経緯で創業されたのでしょうか。
新井様:子供の頃からインテリアが好きだったんですけど、当時日本には、まだインテリア雑誌が少なくて、輸入物の雑誌をよく見ていたんですね。壁紙を剥がしたら17世紀のフレスコ画が出てきたというフランスの家とか、お城みたいなスペインの家とか、古い建物と家具に、ぱりっとアイロンをあてたリネン類、蚤の市で買ったアンティークと友人のアーティストが描いた抽象画、とか。「もうなにそれ、かっこよすぎ」(笑)。そんなインテリアへの憧れを募らせていた中、住宅関係の雑誌の編集・ライターの仕事をしまして、新しく住まいを購入された方のお宅にインタビューに行くことがよくありました。新築のおうちに新品のセット家具。確かにきれいなんですが、物足りないなぁと思っていました。旅した記念の品とか、家族に受け継がれている何かとか、その家族の歴史や住まい手の興味や教養が、何も伝わってこないなぁと。アンティークやビンテージのものはずいぶん色々選べるようになっていましたけど、アートはなかなか、自分が欲しいと思うものをどこで買えばいいのか分からずにいました。そのうちに銀座の大きな目立つ画廊ではなくて、ビルの2階とか3階に入っている小さな画廊に行くようになって、自分の好きな抽象画の作家さんがたくさんいることを知りました。ただコレクションのマーケットでは抽象よりは具象のほうが売れていたようで、抽象の作家さんは外野からあまり目につかない印象でした。作家さんたちは、貸し画廊で年に一度とか数年に一度個展をします。しかも1週間限り。網羅的な展覧会情報のサイトもまだない時期でしたから、出会うためには、足しげく多くの画廊を回るしかなかったですね。もっとお部屋に気軽にアートを買いたい私のような人が、好きに選べる画廊はないか。そう思ったのが創業のきっかけですね。
━━ “無い“から自分でギャラリーを作ってしまおう、という発想もとてもユニークですね。
新井様:そうですね。やはり好きなのかなと思います。知らないことだらけでたくさん勉強もし、作家さんたちに多く教えていただきながら、創業から20年になります。場所がら、都心にお住いのお客様が多いのですが、やはり重厚なイタリアのデザイン家具や、タイルや石貼りの壁・床、無垢材の建具、といった本物の素材を使った堅牢な建築に、アートがばちっと決まった時、とても嬉しいです。アートはアート単体として価値があるものではありますが、一方で空間が生きるようにアートを吟味するという選び方をして、建物とアート双方が生き生きと響きあう現場に立ち会うとき、ああ、この仕事をしてよかったと思います。
変わりつつあるアートの市場価値
━━ 長年アート市場を見ていらっしゃったお立場から、アートの価値や動向についてお聞かせください。
新井様:世界のアートマーケットでは、アメリカのシェアが4割以上でトップです。その後イギリスと中国が2割:2割くらいで、この3か国で世界のシェアの8割に及びます。アメリカは特に、コレクターだけでなく、普通の方も住まいにたくさんアートを飾るという印象がありますね。近年ではInstagram、Pinterestなど、素敵なインテリアの写真は、もう雑誌に頼らなくてもいくらでも見ることができるようになりました。インテリアの画像検索でも、HearstやDotdash Meredithなどアメリカの大手デジタルメディア発信のインテリア記事はとても多いです。また、動画のサブスクリプションでは、アメリカ発信のドラマや映画に多く触れますから、そうしたコンテンツに多く触れることで、お部屋の壁に何かしらアート飾る、というのが普通の光景として受け入れられてきているのかもしれません。弊社でも初めてアートを買うという方が、そうしたインテリア画像の写真を見せてくださって、こういうアートが欲しい、と大きな絵画をお求めになることが増えています。
また、アートは空間を飾るという目的以外にも投機的な意味合いを持ちます。ここ数年はコロナ禍の影響で、日本でもステイホームの時期だからこそアートを住まいに取り入れたいという方も増えており、また同時に投資マネーがアートの購買に流れて、オークションも盛況だと聞いています。
━━ 近年はSNSなどでアーティスト自身が作品を発表する機会が増えてきているように思います。人々の“アート“に対する見方や価値観は以前とは変わってきているのでしょうか。
新井様:そうですね。アートと一口に言っても、国によってその概念は少しずつ違っているのではと感じています。日本では現代アートだけでなく、近代美術も層が厚いですし、院展、日展といった美術団体にも別の価値軸がありますから複雑です。他方、人間国宝を認定して政府がその高い技術を保護してきた伝統工芸の品々も美術品として高い信頼度を保っています。そうした美術組織や制度の在り方を見ると、日本では、写実的に上手いとか細かいとか、より「技術」を評価する向きがあったといえるかもしれません。
一方でコレクションのマーケットでは、全く美術教育を受けていなくても、ストリートから出発してSNSで人気となり、本名も明かさず姿も見せず、オークションで高額で売買される作家もいます。日本でだけ評価が高い作家もいれば、日本で名が上がらず海外へ出て、売れて逆輸入、という作家もいます。美術学校で評価が高くても、コレクターに受けるとは限りませんし、そうした、いわゆる「バズる」作家を見極めるのは難しいですね。
消費行動の変化という意味では、アートのECサイトも増えて、ネットで多くの選択肢から気軽に購入できるようになり、以前より身近になっていることは確かだと思います。アーティストも20代~40代なら多くが、自身のSNSなど発信の場を持っていますから、購入される方は作家の日々の発信に触れて、親近感も感じられるでしょうね。
━━ アートを住まいの空間に取り入れる際のアドバイスをいただけますでしょうか。
新井様:お話ししましたように、アートを選ぶにも様々な価値基準があるので、何を重視するかを見極めて、そのニーズに合った場所で購入されることが大切かと思います。投資が目的ならある程度価値の定まった作家のものを購入されほうがよいでしょう。いつも心が休まるから風景画がいいとか、その作家個人が好きで応援したい、など、いろいろ見ているうちに、ご自身の求めるものが見えてくると思います。まずはECサイトも含めてざっと見まわしてみてはいかがでしょうか。
弊社では、インテリアの情報をまず頂戴して、それに合わせてご提案しながらお好みを探っていきます。ただ、最終的には「好き」だと感じるものを優先していただくのが一番です。インテリアデザイン的に見たときに、当初のご希望より多少大きくても小さくても、色が違っても、お好きな作品は、ちょっとした工夫でうまく収まりどころが見つかりますし、やっぱり購入してよかったとおっしゃっていただけます。
━━ アドバイスをありがとうございます。ギャラリークローゼット様のギャラリーにいると、作品から受ける迫力や存在感が空間いっぱいにひろがっていくことを感じられますね。
新井様:ありがとうございます。美術品・アートを評価する様々な価値基準がある中で、画廊としてお客様に何を「確かさ」としてご提示できるだろうと考えるとき、弊社では「値が上がりますよ」という投機的な価値よりは、そばに置いて日々親しんでいきたいと思える作品をご紹介したいと思っています。毎日暮らしの中にあって見られる、というのは作家にとっては中々タフなことだと、作家から聞いたことがあります。弊社のお客様はコレクションとしてしまっておかれるのではなく、リビングにドンと飾ってそのままですから、作品は毎日目に触れます。晴れても雨でも、昼の自然光でも夜のライトでも、笑っている時も泣いている時も。しっかりとそこに存在して、身近に置いて長く楽しめる。そんな作品を広くご紹介していきたいと思います。